時代雛  

 

寛永雛
室町時代は立ち雛が主流でしたが江戸初期に坐り雛が考案され、装束をつけた雛が誕生しこれを寛永雛(1624〜1644)と称した、特徴は頭は冠と共に一木造りで耳が大きく作られている。 

元禄雛(元禄期 1688〜1704)
元禄文化の華やぎと共に、雛にも芸術性が求められるようになり、容姿や装束生地が美化され、男雛は冠と頭が一体になり女雛はまだ冠がなく、髪の毛は黒く塗ってあるだけで、顔も素朴に描いてある。衣装は金襴の共布で男雛は束帯に似たし装束、女雛は紅花染めの平織りの袴を着ける。元禄雛は20〜25センチ位の高さ 

 
 

 享保雛(享保期 1716〜36)
1700年代から雛人形は急激に大きく豪華になって(高さ36センチから1メートル位のもある)豪華絢爛たる内裏雛は町家(豪商・豪農)で好まれた。享保6年の幕府の出した触書により大きさを8寸(24センチ)以下と定められた。髪はすが糸で植えてあり、男雛は冠をかぶり、女雛は装飾のある金属の冠をかぶる

有職雛
1750年代になると公家社会に、有職故実を基調に内容の充実をはかった。これを有職雛と言い雛専用に織られた装束の裂地を用いたものです内容に衣冠・直衣・小直衣・狩衣などがあり、女雛は袿袴が主体      

 
 

 古今雛
江戸時代の明和年間(1764)の頃、江戸の原舟月が考案した。
女雛は冠には中央に鳳凰がついたり、瓔珞など装飾が豪華になる。「古今雛」と命名し、写実的な容姿と衣装の美しさが受け大流行いたしました(現代雛の祖形といわれている) 

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